悪人が救われるということ

BUMP OF CHICKENの話です。

以前、「新世界」について書きました。2019年7月15日付https://higekuro.hatenablog.com/entry/2019/07/15/131349 

歌詞の中の「なんだよそんな汚れくらい 丸ごと抱きしめるよ」がどうしても気になってずっと考え続けてきました。

結論から書きますね。「善人なおもて往生をとぐ いわんや悪人をや」ということなのかなとようやく思い至りました。親鸞の教えは私にはとても語る力はないので、とりあえず文字通りの意味で「善人が救われるのだから、悪人はなおさら救われる」と受け止めてみました。

藤原さんの歌詞には「汚れても 醜く見えても 卑怯でも 強く抱きしめるよ」(Spica)のように相手に向かう文言の中にマイナスイメージの言葉が含まれることがあるのですが、歌を聴くとそんな不穏な響きはなく、慰めと寄り添いのニュアンスが強いと感じました。

「悪人」という言葉もかなりアクが強いと思います。強い言葉を使って人が救われる話をしているという点が共通しているのかなと思いました

藤原基央さんとはどういう人なんだろうと興味が芽生えたのですが、アルバムをいくつか聴いてみたもののヒントはつかめず、まあいいか、ゆっくり考えようと寝かせておきました。

2020年春の緊急事態宣言中に、公式YouTubeでPATHFINDERツアーライブが公開されたので見ました。ここで初めて藤原さんの話し方を聴いて「オレ様人たらしだな」と感じ、物静かそうな見た目とのギャップが面白いなと思いました。

秋には aurora arkツアーDVDを見て感想を書きました。https://higekuro.hatenablog.com/entry/2020/11/13/021513 

これを書く前にツイッターでファンの方々のDVDの感想を読んでいたのですが、その中に藤原さんのトークを「藤くんの説法」と言っている方がいて、なるほど!と突破口が開けました。ちょっと早口で熱を帯びたように語りかけるのと、話の内容が精神性が高いところは確かに説法と言えるかもしれないと思いました。宗教色の無い言い方にすると「人生にとって大事なことを話す人」という感じ。

「Aurora」という歌をもとにひも解いていくと

 

 

もうきっと多分大丈夫 どこが痛いか分かったからね

自分で涙拾えたら いつか魔法に変えられる

 

ほんの少し忘れていたね とても長かった ほんの少し

お日様がない時は クレヨンで世界に創り出したでしょう

 

正義の味方には見つけて貰えなかった類

探しに行かなくちゃ 呼び合い続けた あの声だよ

 

 

「正義の味方には見つけて貰えなかった類」に向けて歌っているのかと思います。俺は見つけて貰えなかったと自分を嘆いているわけではないので。

藤原さんは、比喩的に言うと、一番底にいるのだと思います。地の底。暗い場所なんだけれども、藤原さん自身は頑強で明るいんですよ。その地の底にいろんな人が落ちてくる。螺旋階段をゆっくり下りてくる人もいれば、突然ストンと落っこちてくる人もいる。藤原さんはそうやって出会った人を「ここまでよく来たな」と抱きしめる人。

おまえさあ、こんな地の底まで来て真っ黒だな。でもいいよ、一緒に飯食おうよ、とりあえずあったかい物を腹に入れようか。そしたらさ、そしたらおまえ、ちょっとは元気になるよ。おまえと俺がこうして出会ったことには意味があってさ、ここまで落ちてきたことにも意味があってさ、おまえは自分のことを汚れてて醜くて卑怯だって思ってるかもしれないけど、それでここに来たんだろうけど、ここでしか見えないもの、聞こえないものがあるんだよ。おまえはそれを知ったんだ。もう十分知ってるんだ。だからさ、もう大丈夫なんだよ、腹いっぱい食って、寝たいだけ寝て休んだらいいよ。

休息を取って人間らしくなったその誰かもやがて上を見上げるようになるんですね。その時に藤原さんは

 

 

ああ、なぜ、どうして、と繰り返して それでも続けてきただろう

心の一番奥の方 涙は炎 向き合う時が来た

 

 

おまえ元気になったな、おまえの涙は悲しいだけじゃなくなったな、じゃ、上行くか?俺が抱えて放り投げてやるよ。でも、いいか、上に行くのは俺の力じゃない、おまえなんだ。俺はただそばにいるだけだから、おまえはおまえの力で上がっていくんだよ。上に行ったら俺のことは忘れるかもしれないけど、忘れたっていいよ、おまえが忘れても俺はおまえを絶対に忘れないから、いつも、気がつかなくてもいつも必ずそばにいるからな。

せーの、でその誰かを上に向かって放り投げると、上で3人がキャッチするんですよ。藤原さんがいつどこで誰を投げても3人はしっかりキャッチして最後にその誰かの背中を押す。で、藤原さんは次に落ちてきた人にまた声をかけるんですね、きっと。

 

ええと、BUMPの歌と藤原さんの話と話し方を本歌取りしつつ、いつ、どこで、誰に対して発した言葉なのかを整理したところ、ようやく「いわんや悪人をや」にたどり着いた感じです。悪人とは犯罪者のことではなく、自分はダメだな、何をやってもうまくいかないなと自分自身にマイナスのイメージを植え続けているような人のこと。こういう「悪人」の弱さがつい目に入ってしまう慈悲の人は世の中にはそこそこいると思います。目に入ったら黙っていられず何らかの行動を起こす人たちもいて、その中で歌うという手段を持っていたのが藤原さんなのかなと思いました。

 

2019年7月から考えたり休んだりまた考えたりしていましたが、一旦落ちつきました。私は一度持った疑問はなんらかの解を得るまではずっと抱え続けます。その解に正解を求めているわけでもないですし、誰にも必要ではない問い立てと解答だとも思っています。でもどうしても引っかかる言葉はそのままにできないというか、解きほぐしたいんですよ、その言葉と言葉を発した人の本質を。ただそれだけです。

 

 では、また。