宮本浩次「縦横無尽」

宮本浩次さんのアルバム「縦横無尽」の感想です。

「光の世界」と「rain 愛だけを信じて」がとてもとてもよかったです。

 

悲しい日々に byebye
破れし夢が躍動してる
賑やかな休日の午後
俺は車を走らせてた

消せども消えぬ想いと
とめどない ナウ・アンド・ゼン
ここが俺の生きる場所 光の世界

 

「光の世界」の歌声は女性のようでもあり青年のようでもあり、感情の起伏のない歌詞に気持ちが和らぎます。エレカシ初期にもこういう叙景的な歌詞はありましたが、若さゆえの孤独も猜疑もここにはもう無いと思います。今の宮本くんが本当に充実しているのが感じられます。

このアルバムは全体的に歌詞に磨きがかかっているように思います。

 

「君は孤独な胸に静かに忍び込んで
 匕首をうなじにあてて笑ってた」

「ある時はロマンチシズムそのものの顔をして
 ある時は白けたリアリスト やっぱり」(「stranger」)

 

上田敏訳の外国の詩のようだと思いました。

 

「来たぜヤツが コートの襟を立て
 そぼ降る雨に濡れながら
 午前0時浮世小路に ああ 真実だけが足りない」(「浮世小路のblues」)

 

「来たぜヤツが」から曲がじわじわと盛り上がっていって「真実だけが足りない」で言葉が踏切板に足をかけた直後に宮本くんのシャウトが地の底から最高潮に響き上がっていって、とてもドラマチック。アニメの主題歌にもよさそう。鬼太郎さんとかドロロン閻魔くんとか(お若い方は検索なさってね)。

 

「good luck 愛すべき憂き世に
 good bye 我が美しい日々に
 just do it ひとりの男の
 最後の勝負なのさ」(「just do it」)

 

英単語混じりの歌詞を見て、宮本くんは(この世代の多くのミュージシャンは)洋楽で育ったんだよなあ、と改めて感じました。カタカナよりも英単語の方が馴染みがよいということ・・?これはちょっと私の研究課題なのです。私は洋楽の素養はあまり無いので洋楽育ちの視点を知りたいのです。

最後に「rain 愛だけを信じて」について語ります。

 

愛を求めてさすらうheartは
きみを抱きしめたいこの胸の中に
わたしの全てを捧げたい
愛だけを信じて明日を抱きしめたい
悲しみけむるrain
心に降りつづけるloneliness uuh loneliness

 

この歌は女性の持つ愛情と献身が見事に描かれていると思います。「わたしの全てを捧げたい」「きみを抱きしめたい」と明るくせつなく清らかに歌う宮本くん自身が、女性性の美しさを内包しているのだと思いました。

女性が愛を求める心情をどうして知っているのだろうとも思います。エレファントカシマシの「彼女は買い物の帰り道」は掌編小説のような歌ですが、「私は誰かを愛してる」「明日を誰かのために生きられるように」と、少女小説の根底を成している愛の希求をここでも歌っています。

ジョー・マーチがベスを失ってローリーも離れていって、初めてさみしいと心底思った時、ベア先生の愛情に頑なだった心が開かれたように、アン・シャーリーが「ギルバートのお兄ちゃんが死にそうになってるの知ってる?」とデイビーの無邪気な問いかけに蒼白になってようやく自分の中の愛を認めたように、この愛が自分を生かしていることを悟るシーンが少女小説では描かれます。この読後感と同じような、悲しみを知って知る本当の気持ちというものをこの曲に感じました。

また、室生犀星の「雨の詩」の一節、「雨は愛のやうなものだ それがひもすがら降り注いでゐた」も思い出しました。雨も愛も惜しみなく降り注ぐ。「rain」というタイトルに明るさが宿るのも、この慎み深い無償の行為の気高さゆえだと思います。

 

10月20日からツアーが始まりますね。宮本くんとツアーに関わるすべての皆様が健康で幸せに完走されますように、お祈り申し上げます。

 

 

では、また。