忍ぶることの弱りもぞする話

たぶん

最初から好きだった

いつが初めかなんて覚えてないけど

気がついたら

好きだった

あの人を

遠い人

 

 

 

「山田くん、みんなでカラオケ行こって言ってるけど」

「あー、俺いい。今日は騒ぎたくない」

「・・なんか具合悪い?」

「いや、別にそういうわけじゃ」

「高木くんは?」

「あいつは今日はバイト。もう帰った」

「ふーん」

教室を出ると山下が追いかけてきた。

「一緒に帰ってもいい?」

「は、いいけど。なに」

「一緒に帰ってみたいなって」

「なんだよ、それ」

「あたしもわかんない」

山下は4月のクラス替えで席が前後になって、よく話すようになった。よそのガッコに彼氏がいるとかさらっと語るのが面白かったりする。

「T高とね、N学園にボーイフレンドがいるの」

「へえ」

「でもN学園のコとはまだそんなに仲良くなってないの」

「ふたまたとかいいのかよ」

「あたし対ふたりじゃなくて、1対1が2コって感じなんだけど」

「はあ」

「ひとりひとりと友達になりたいんだよね」

「向こうはそんなつもりじゃないだろ」

「そうなんだけど、あのさ、ちょっと話したりするとさ、誰でもいいとこあるでしょ。で、もっと話したいなとか思うわけ」

「いや、俺ちょっとついていけんわ」

「そう?別に話をするだけだよ?」

で、その山下が一緒に電車に乗ってきて、俺の最寄り駅で一緒に降りた。

「なんでついてくんの?」

「だめ?」

真剣な顔をしている。媚もなにも無い。なんか、直球が飛んでくる感じ。思わずじっと目を見つめた。傍からは見つめあってるようにみえたかも。

「あれ、今帰り?」

声をかけられて我に返る。血が、さっと全身を流れる。

「おばちゃんもいつもより早いね」

「今日はお休み取ったの。久しぶりにゆっくり買い物できたー。お友達?」

「うん。えっと、高木のかーちゃん」

「・・ああ!こんにちは。山下彩花といいます。高木くんと山田くんと同じクラスです」

「あやかちゃん」

「いろどりに花です」

「彩花ちゃんも、うちでおやつ食べない?」

「あ、えっと、これから塾なので今日は失礼します。今度、ほんとに行っていいですか」

「うん、もちろん。じゃあ、今度ね」

「はい、ありがとうございます。山田くん、またね」

高校生くらいだと女の子の方がしっかりしてるように感じるのはなぜかしらね、話し方が男の子のだらだらした感じと違うわよね、と楽し気に言う。夕日が長い髪を照らして赤く光る。冬の太陽ははかない。まぶしく視界を奪ったかと思うとあっけなく暮れていく。

「家まで送るよ」

「ええ?なに、そんなの彼女だけに言いなよ」

「あー、いや、あいつ彼女じゃないから」

「そうなの?」

うん、とうなずいて黙った。

 

だから、言ったんだけどな

いちばん言いたい人に

だから言ったのに

 

最近はあんまりうちに来なくなったね、小学生のときは毎日のように来てたのに、と話すその声が三半規管を揺さぶる。いつまでも聞いていたい、ずっといつまでも、この声以上に聞きたい音なんかない。

ちびの頃はこの人と一緒に歩くのが嬉しかったな。あんまりきれいで、お母さんだったらよかったのにって思ってた。でも、今は違うかな。この人が母親じゃなくてほっとしてる。母親でも俺は恋をしただろうから。

夫を早くに亡くしていることも、俺は浅はかに考えなしに喜んだ。あの人を独占する男はいない。あの人は誰のものでもない。甘い感傷に浸って身が震えた。

 

久しぶりに高木んちに来たな、と思う間もなく、手洗いうがいをしてきなさい!と命令された。そう言って自分は台所に立つと、電気ポット、冷蔵庫、電子レンジ、食器棚と流れるような動線を描いて、あっと言う間に俺の前にピラフとポテトサラダを並べた。

マグカップを渡されて、

日本茶、玄米茶、プーアール、ジャスミン、どれがいい?」

「うー、プーアール」

ぽんっとティーバッグをカップに放り込むと、お湯を勢いよく注ぐ。

「アイスとヨーグルトどっち?」

「アイス」

冷凍庫をがっと開けて

「チョコ、バニラ、いちご、抹茶」

「チョコとバニラ半々がいい」

「オッケー」

昔からこの人はこんな感じ。さっさとしなさい、ってよく怒られたな。黙って立ってると物静かに見えるのに、動いたり話したりするとテンポよくて明るい空気を作る。

「その冷凍ピラフおいしいでしょ」

「うん、マジでうまい」

「冷凍モノも進化したわよね。大助かり」

アイスを食べ終えて、お皿を洗うよ、と言うとびっくりした顔をして

「えー、なに、いつもやってるの?」

「うん。最近は後片付けは俺の係」

「そうなんだー。えらいなあ。じゃあ、任せちゃお」

隣に立って、髪が揺れて触れそうになる。腹に力を入れて、これ以上は駄目だとまだ思える自分がいる。

そのとき、玄関が開く音がした。あ、ヤバい。

「なにしてんだ」

部屋に入ってきた高木の体がこわばっている。動けない。顔面蒼白ってこういう顔か、と思った。

「皿洗っただけだよ。飯食ったから帰る」

「でも」

「いいから」

「あんたたち、何かあったの?」

「ううん、おばちゃん、何も。」

じゃ、また、と笑顔で言った。フツーだったよな、フツーに言えたよな。後のフォローはおまえがやれ。

 

だからさ、俺に何ができる?まだ高校生でしかない。何もできないよ。ただ、ここに気持ちがあるだけ。いつ生まれたのかわからない気持ちだけがあって、どうしていいかわからないガキの俺がいるだけだって、わかってるよ。言わない、言わない、絶対に言わない。あの人の苦しみも何も思いやれない自分が、あの人の幸せすら祈れない自分が、一体何が言えるんだよ。おまえのそんなつらそうな顔だって見たくない。

 

駅に行く途中の公園に山下がいた。ベンチに座ってぼんやりしてる。

もう日も暮れたのに何やってんだ。

「危ねーぞ、ひとりで」

「あ、来た・・・」

「なんだよ、来たって」

「ここにいたら来るかなって」

「はあ?」

「なんかさ、顔を見ておきたくて」

「何それ」

「・・・大丈夫?」

「何が」

「わかんないけど、大丈夫かなって」

「・・・おまえ、俺のこと」

「別に好きじゃないよ。全然そんなんじゃない」

「全否定かよ」

「まあ、ちょっとくらいは好きだけど、告白とかじゃないから」

「・・ははっ、ホント、変わってんなー。わけわからんわ。あったまおかしい」

「うん。でも、じゃ、帰る」

「帰んのかよ」

「笑顔出たから。よかった。ほっとした」

「あー、じゃ、送るよ」

「駅すぐそこだよ?」

「いいから、送るって」

ホームまで一緒に行こうとしたら、彼氏ヅラすんなって悪態つかれた。マフラーしてたけど、寒そうだったな。え、これ、大人だったらハグするとこ?彼女じゃなくてもそういうことしていいのかな。

あー・・・彼女欲しいな。好きです、つきあってください、僕のことも好きになってくださいって言いたい。フラれたっていいんだ。好きな人に好きだって言いたい。ただ、それだけなんだけどな。

この心はこれからどうなっていくんだろう。好きだって気持ちが消えることなんてあるのかな。俺はそれを見届けたい。

あの人は知らなくていいよ。俺を息子みたいに思ってくれるあの人を困らせたくはないから。もし彼女ができたら紹介しよう。きっと一緒に喜んでくれる。あの美しい人は。あの優しい人は。

 

 

 

 

 

 

 

これでようやく、米津玄師さんの「灰色と青」から受けたイメージは出し尽くしました。と思いたいです。疲れたけど楽しかった。

今回はどなた様にも当てていません。ましてや私自身などではありはしません、最初から。そんな気色悪いことしません。念押しで言うと、前回、会話形式で書いたときにケンオンマに当てたのはキム・ヒソンさんです(「本当に良い時代」のヒロイン)。マサキオンマはパク・ハソンさん(「トンイ」のイニョン王妃)。現実のキャスティングじゃないんだから、私の脳内ドリームチームを組みました。国境も言語も超えます。

それから、そもそも私は何をやっているのか?と自分でも疑問というか、何かきちんと説明できないかな、とずっと考えてました。私の意識としては

・米津さんの歌から受けたイメージを書いているだけ。それ以上でも以下でもない。足さない引かない。原典尊重。

・会話形式、モノローグであっても、私は詩作をしているつもり。詩には詩を。

いわゆる「二次創作」ではない、とも思っていて、なんだろう何やってんだろうという疑問をずっと抱えていたのですが、最近、角川ビギナーズ・クラシックスを順に読んでいて、「新古今和歌集」に辿りついたところで、ようやく糸口がつかめました。

本歌取り・本説取り」ですね。私がやっていることは。

「本説とは、歌の典拠となった物語や、漢詩・漢文のことをいう。本歌取りの場合の本歌を、物語や漢詩文に置き代えて考えればよい。物語の場合のことを『物語取り』、漢詩の場合のことを『漢詩取り』と呼ぶこともある」

「物語の世界に入り込み、想像力を駆使して歌を作るこのような方法は、藤原俊成が開発し、その子の定家が発展させた、当時最先端の歌の詠み方であった」

本歌取りの例を挙げると、和泉式部(970年代生まれ)が詠んだ歌に

 

黒髪の乱れも知らずうち臥せばまづかきやりし人ぞ恋しき

(黒髪が乱れるのも構わずに、心を乱して横になると、初めて私の髪を払いのけてくれたあの人のことが、恋しく思われてならない)

 

というのがあり、これを本歌として定家(1162年―1241年)は

 

かきやりしその黒髪の筋ごとにうち臥すほどは面影ぞ立つ

(一緒に夜を過ごしたあの時に、私が払いのけてやった、愛しいあの人の黒髪。寂しい独り寝をしているこんな時には、その黒髪の一本一本まで鮮やかに、あの人の面影が浮かんでくるよ)

 

と、和泉式部が「女の切ない恋心を詠んでいる」のに対し「男の立場の歌へと、大胆に詠みかえたのである」。

萌え。定家のやってること超エモい。本歌取りという言葉は知ってはいたけれど、こういうことだったんだ、藤原定家ってほんとにすごい人だったんだ、と、また新たな扉が開いた感じです。同時代に生まれて考えや言葉をリアルタイムで知りたかったなー。定家が200年前に生きた和泉式部と対話するこの感じ、わかるわかる。超わかる。定家は本歌取りするときクスクス笑ってたと思う。そういう余裕というかユーモアがないと、「君の髪の感触を覚えているよ」なんてしゃらくさいこと言えないですよね。

や、まあ、自分のやってることの整理がつきましたというだけの話ですが、ええと、確か米津さんの歌の感想を書いていたはずなのに、なぜ今、私は定家萌えを語っているのでしょうか。うーむ。わからん。行方も知らぬ恋の道?かな?

 

今回もお読みいただきましてありがとうございます。いかがでしたでしょうか。

括弧内と和歌の現代語訳は角川ソフィア文庫ビギナーズ・クラシックス新古今和歌集」から引用しました。このシリーズは読みやすいですね。原文・現代語訳・解説があってとてもわかりやすいです。

では、また。