橘則光という人

清少納言の最初の夫、橘則光について今回は書いてみたいと思います。前回の話を書く際に、角川ビギナーズ・クラシックス枕草子」をぱらぱら読み返して、初めてこの人物が頭に入りました。

枕草子内での一般的な人物像としては

・武骨な好人物で笑いを誘う役

・和歌は嫌いと公言

・武芸に秀でる

ですが、「今昔物語集」ではちょっと違って

・豪胆で思慮深い

・容姿もよい

 

清少納言が16才、則光17才の頃に結婚、後に夫婦関係は解消したものの、清少納言が宮中に仕えて再会すると、兄妹としての特別な親しい関係「妹背の仲」として公認される。

則光のエピソードとしては

清少納言の仕事の成功を、自分の出世なんかより嬉しいと言う

・和歌が嫌いなので、自分に好意を寄せてくれる人は、自分に和歌を決して詠まないでほしい。「もうこれで絶交だ」という最後の時にだけ和歌を詠んでくれと言う。

 

そして、七十八、七十九、八十段を読んで、「えっ、このふたりベストカップルなのでは・・!」と少女漫画魂がふるふる震えました。

清少納言は九十五段で定子様に「歌人として名高い父清原元輔の名が重くて和歌を詠みたくないんです」と本心を話したところ、定子様は「わかったわ、もう詠まなくていいわよ」と笑っておっしゃったというのですが、則光も「和歌を詠むな」と日頃から言っていた。

このふたりだけだと考えていいのでしょうか、清少納言に「和歌を詠まなくていい」と言ったのは。

結婚当初、16才の清少納言は、まだ自分の力の使いどころも将来もわからなくて、でも和歌の名家に生まれたプレッシャーは自覚していた。例えばですけど、夫の則光との和歌のやりとりも気が重かったところに

「なんか・・君の歌、固いね。漢文をよく読んでるからかな?」

と何気なく則光が言うんですよ。図星をさされた清ちゃんは

「なんでわかるの?なんでそんなこと言うの?だってこんなのしか詠めないし、おじい様やお父様みたいにはできないんだもん」

半べそくらいはかいたかもしれません。則光はかわいいなあと思いながら

「いや、俺、実は和歌嫌いなんだよね。君もあまり好きじゃないのなら、俺には詠まないでくれないか。返事するのが大変だからさ。俺のことが好きなら、詠まないでくれると助かるよ。約束だよ。それで、もしこの先、もう絶交だと思ったらその時にだけ俺に和歌を送ってよ」

 

そして八十段、宮中でのふたりの関係が疎遠になった時、則光は「それでもかつては夫婦だったのだから、遠目にでも自分を見たら、ああ、則光だ、くらいは思ってほしい」と手紙を送ります。

清少納言はここで和歌で返すのです。

 

崩れ寄る妹背の山のなかなればさらに吉野の河とだに見じ

 

(腐れ縁の私たち、山崩れでくっついてしまった妹背山の中のような仲だもの、川は堰かれて流れないわよね。私たちもそう)(もう決して「彼」とは見ないわ。よそだって、どこだって)「枕草子のたくらみ」より引用。

 

則光がこの歌を読んだのかどうか、返事もなく、それきり会うこともなかった、というところで則光のエピソードは終わります。ふたりが疎遠になったのは、政治的な理由、清少納言は定子様の元に、則光は政敵道長の側につくことになったから。

則光の上司の藤原斉信清少納言道長方にスカウトしようと画策し、兄貴分の則光に居場所を聞き出そうとしたが、則光は決して教えなかった(上司より政敵側の元妻を優先した)。

清少納言は、則光の立場がこれ以上悪くならないように、ここが別れ時なのだと察して「約束の和歌」を詠んだ。もうこれでお別れだという時にだけ和歌を詠んでくれ、と則光に言われた通りに。

 

 

 

今生は

これで最後だね

私たちは崩れ寄り混ざりあって

分かちがたいひとつの魂になった

若いときの恋の激情はもう流れないけれど

大好きだよ

私の最大の理解者だったあなた

私のコンプレックスをいとも簡単に

笑って溶かしてくれた人

来世で会えたら

また楽しく過ごそう

比翼の鳥になんかならなくていい

ただ、笑って幸せになるの

それまでしばしのお別れを

大好きなあなた、またね

 

 

 

 

「田中さん、橘くん、ごめんね、このプリントにホチキス止めたらここに置いて帰っていいから」

そう言って、先生は職員会議に行ってしまった。

日直だったふたりの前にはプリントの山が残された。放課後の教室にはふたりだけ。

「しょうがないね、やるか」

と橘くんが言う。

「あの、部活は?サッカー部だったよね」

「あはは、俺、赤点5つあって部活停止なんだよ、はは」

「そ、そうなんだ」

ふたりで並んで座ってパチパチ止め始めた。

「田中さんは部活やってたっけ?」

「ううん、なにも」

「中学どこ?」

「ルミエル女子」

「えっ、一貫校だよね。なんで高校受験したの」

「うん、その、あたし音楽科だったんだけど、普通高に行きたくて」

「・・・ふーん。そうなんだ。あ、じゃあ、楽器とかできるんだね」

「ピアノを、ね、3才からずっと・・・」

「すげーな!3才かあ」

「うち、音楽一家で、父も母も兄たちも音大出なのね。でも、あたし・・・」

沈黙が訪れた。橘くんは手を動かしながら待った。たぶん、何か言いたいんだろうなと思っていた。俺が聞いていいなら聞くけど、という空気が伝わったのかどうか

「あたしは自分はそれほど才能ないって思ったの」

田中さんはとぎれとぎれに話す。

「あたし、楽譜がないとダメなの。楽譜通りにしか弾けなくて、兄たちがセッションとかって自由に弾いてるのがさっぱりわからないの」

「それで、ダメだなって思って、あたしはこの道では無理だって思って」

泣くかな、と橘くんは内心ハラハラしていたけれど、田中さんの声には揺らぎがなかった。

「ここから頭ひとつ抜けるしかないと思って受験勉強したの」

ようやく顔を上げた田中さんの目には意志の光が宿っていた。

「でも、楽譜見たら弾けるんだよね、ピアノ」

「うん、まあね」

「どんなに難しくても?」

「う、まあ、たいていは」

「すごいじゃん。俺、ゲージュツ方面まったくわかんないからさ、楽譜みたら弾けますってだけでもソンケーするよ」

「でも、そんな人いっぱいいるよ」

「田中は田中だけだろ。田中が弾いたらそれが自分の音ってことじゃないの」

田中さんは目を開いて橘くんを見つめた。

「そう、かも」

「いつか聞かせてよ。ピアノ弾いてよ。弾きたくなったらでいいからさ」

「・・・うん!」

「約束な」

橘くんは気のいい笑顔を向けた。ああ、私、この人のことよく知らなかったけど、いい人なんだなと田中清乃さんは思った。いつか聞いてもらいたいな。今日帰ったら練習しよう。最近、弾いてなかったけど、聞いてくれる人がいるなら、また弾いてもいいな。

 

 

 

この前は

約束で終わった恋を

今度は約束から始めよう

真っ白な紙に

これから書くのは

きっと本当に幸せな物語

誰にも知られなくていい

あなただけに読んでもらいたい話を

どうか受け取ってください

一緒に笑ってくれたら

それだけでいい

 

 

 

 

 

 

さて、少女漫画魂が炸裂したところで、改めて参考テキストを。

枕草子角川ソフィア文庫と同ビギナーズ・クラシックス

枕草子のたくらみ」山本淳子著 朝日新聞出版

清少納言橘則光 訣別の理由」山本淳子著 京都先端科学大学 学術リポジトリ(という書き方でいいのでしょうか・・・ネットで検索して見つけたのですが・・・)

まだまだ勉強不足なので、私の創作部分以外のところで何か問題がないか不安ですが、もし間違いがあれば今後修正を入れたいと思っております。

 

清ちゃんと則光、最高のカップルだなと思います。定子様のために書かれたことを考えると、清少納言の元ダン自慢とも取れる。「ちょっとカッコいいやつなんですよ、聞いてください、定子様」って感じかな。則光を道化役にしたのは、道化を引き受けられるだけの度量がある男だってことを知らしめたかったのでは、とも思う。私の筆で、あなたがどれだけ素敵か書き残しておくわね、と思っていたかもしれない。

生まれ変わって幸せになってるといいですよね。

 

 

 

では、また。