「BOOTLEG」感想

米津作品で最初に聞いたのは「lemon」です。「わたしのことなどどうか忘れてください」のくだりで浮かんだのは、日吉ミミ金井克子藤圭子夏木マリという名でした。私が子供の頃にテレビで見ていた情念を歌う大人の女性たち。不幸な匂いのする女性の一人称ソングが得意な人なのかな?との感想を保留にしつつ、他のも聞いてみたいと思っていたら、大好きな菅田将暉くんと歌ってらしたので購入。

その「灰色と青」は古典的深読みができたので、面白いと思ってアルバム「BOOTLEG」を聴き込みました。

 

第一印象では「かいじゅうのマーチ」が好みです。小学校唱歌が組み込まれているというだけでもう好き。

でも、一番引っかかったのは「愛と歌うよ」の助詞の「と」。

普通は「愛『を』歌う」になると思うし、それであっても楽曲の価値が損なわれることはない。けれど、ここが「と」になることで言葉が粒立つ。バニラアイスだと思って食べてたらクッキーアンドクランチで、舌に予期せぬ小さな塊が当たる、あの感触。食べ物も言葉も五感に響くのは変わらない。 

それから「涙を隠しては」の「は」。ここ、散文的には解釈しにくい。

 

さあ出かけよう 砂漠を抜けて

悲しいこともあるだろうけど

虹の根元を探しにいこう

あなたと迎えたい明日のために

涙を隠しては

 

あなたと明日を迎えたいから涙を隠しては出かけるし探しに行くんですよね?てことは、しょっちゅう泣いてるの?泣きたいほど「あなた」と一緒にいるのが幸せで嬉しかったり悲しかったり怖かったりするけど、涙を隠しては顔を上げて愛と歌うのね、きっと。たぶん。いい子ね、かいじゅうくん。

というように、聞く側の探求心をかきたてるのが、この「は」なんですよ。そして、かなりの手練れじゃないとこういう詩は書けない。米津玄師、何者だ。と思ってブログを読んだら、「畢竟」ってサラリと書かれてあって、ああ、これは普通の語彙の持ち主ではないなと納得しました。最近、目にしないですよね、「畢竟」。

 

ひとりの人の語彙には、話し言葉と書き言葉があると私は思っています。話は面白いけどメールだと没個性の人、話はヘタだけどLINEでのやりとりは魅力的な人、前者は耳から入る口語に強く、後者は目で見る文語に強いのだと思います。

畢竟は書き言葉。読書からしか得られない語彙です。言葉はその人を明らかにする。相当な読書家なんだろうなと更に興味がわいたのです。

 

iTunesで各アルバムの曲のタイトルだけを見ていくと、澁澤龍彦、東京グランギニョル少女革命ウテナなどのイメージが浮かびました。古風で浪漫的でほんの少し退廃的でもある言葉の渦。試聴してその音の意外な明るさとポップさが言葉の重さを相殺するのを感じながら、ああ、ここから「lemon」に行き着いたのか、と腑に落ちました。

たぶん、「OFFICIAL ORANGE」「diorama」の頃は、中二病の歌詞と言われていたのではないかしら。そこには支持も称賛も込められてはいたと思うし、そう言われかねないような漢字使いだけど、違いますよ。

これは文学的内省というのです。

本好きや言葉にこだわりがある人間は誰しも通る道です。やや大仰とも言える表現を使ったり、日光よりは月光を好むような感性をよしとしたり、表現をする喜びに気付いたことに優越感を持ったり、大人になってふり返ると赤面してしまうような自意識過剰さをスタート地点として、そこからどれだけ自分を脱ぎ捨てていけるか、この内省なしには洗練された言葉にはたどりつけないのだと思います。

 

「lemon」の歌詞には不必要な言葉の突起はない。使っている単語が平易でわかりやすく、カラオケで歌っても何も異物感はない。

削ぎ落して精錬したあげくのシンプルな筆致の中に「切り分けた果実の片方の様に」という比翼の鳥・連理の枝を想起させるフレーズが際立って美しい。

暗くノイズの多い内省という名の洞窟を彷徨って、持ち物もすべて落として失くして身ひとつで這い出ていった先に開けた地平でうたう歌。そこにこそ個性という光が静かに宿るのでしょう。

 

 「YANKEE」も「Bremen」も聴き込み中ですが、全体的に、歌詞が混濁していても音は明るくて精巧で楽しいですよね?「アイネクライネ」とか「産まれてきたその瞬間にあたし 『消えてしまいたい』って泣き喚いたんだ」って、そんなわけねーだろって突っ込みどころの多い歌詞なんだけど、この太宰並みに鬱陶しい内容を聞き流せるくらいメロディは可愛い。何度でも言う。明るくて楽しくて可愛い。このバランスがとても気持ちいい。

 

しかし、米津玄師さんが人気があるのは、声もいいからですよね。ネットスラングで言う「雄み」があるってやつですね。男性的な性的な魅力がにじみ出ている様、という意味で若いお嬢さんたちが嬉々として使ってるこの言葉、最初、なんのことかわからなかったんですが、「ねむみ」「やばみ」の仲間だとわかってわかりみが深まりました。

 

私は詩を読むのが好きなので、こういういろんな読み方ができる歌詞にめぐり会うと本当にわくわくします。世の中には私が知らない良い歌がたくさんあるのだと思います。が、この世のすべての曲を聞くことはできないので、こういう風に出会えることが大切なんですよね。良い出会いが果たせて満足です。新作も楽しみに待ってます。