Pale Blue の感想です

米津玄師さんの「Pale Blue」「ゆめうつつ」「死神」の感想です

 

 

あなたが見据えた未来にわたしもいたい

鼻先が触れるくらいに あなたを見つめたい

 

 

「Pale Blue」のここが好きです。鼻先が触れるくらい、でも触れない距離感と恋心の表面張力がギリギリいっぱいの緊張感を生み出していて少女漫画スピリットを感じます

この歌のラストは

 

 

あなたの腕 その胸の中

強く引き合う引力で

有り触れていたい 淡く青いメロディ

行かないで ここにいて 側で

何も言わないままで

忘れられないくらいに抱きしめて

ずっと ずっと 恋をしている

 

 

というようにPale Blueちゃんの気持ちがストレートに表出されていて気持ちいいです。ただ、「有り触れていたい」って何??と思いました。米津の歌詞はこういう飛んだ言葉がさらっと入ってるのが醍醐味だよなーと思う。歌詞を見る前は「触れていたい」のところを聴き取っていました。文字で見てあれっ?となった。ありふれていたい、普通でいいの、普通に抱きしめて愛して、とか??

 

「ゆめうつつ」は抽象画のようだと思いました。曲は流してさらっと聞けるし、印象に残る歌詞も「さよならまた会えるかな」「子供みたいなまま遊び疲れてそれじゃ また明日」とか夜のニュース番組のテーマ曲という題詠としてふさわしいものだと思う

でも、よくよく聴いて歌詞を見ると「むくれ顔の蛇も気づきはしない」「革命家の野次も届きはしない」などなど複雑なイメージが織り込まれている。具体的で率直な「Pale Blue」とは対照的だと感じました。「むくれ顔の蛇」ってすごいですよね。いつも思うけど言葉の発想がどこから来るのか知りたい

 

「死神」ですが、曲調はこれが私本来の好みです。よい加減の適当さがある曲が好きなんですよ。

 

 

プリーズヘルプミー

ちっとこんがらがって 目が眩んだだけなんだわ

プリーズヘルプミー

そんなけったいなことばっか言わんで容赦したってや

ああ 火が消える 夜明けを待たず

ああ 面白く なるところだったのに

 

 

歌詞にも適当さがあっていいですね。インスタライブで「歌詞に英語表記は入れない、カタカナにする」の例でここのプリーズヘルプミーを挙げてらしたけど、英語表記が入ると視覚的にちょっと気恥ずかしくなることがあると私は感じるのでほぼ同感です

ここが漫画読みの感覚じゃないかなとも思います。漫画の中でのアルファベット言語はそこだけ横書きになるので、視覚的に日本語とは区分けせざるをえないというか融合が難しいという感覚になるのではないかなと考え中です

また、単純に米津さんは漢字が好きなのではないかとも思う。そこで気になるのは歌詞を書くのは手書きなのかデジタルなのかなんですが、デジタルの場合、漢字変換をどう判断しているのでしょうか

手書きで育った私はパソコンで文章を作成する時に、自分が書ける漢字を採用することが多いです。手書きだったらこの漢字は書けないここは漢字にしないというところはひらがなを選ぶ。自分では書けないけど漢字の方がいいなと判断して変換することもある

デジタルネイティブは自分が書けるかどうかと変換することにどう関連があるのかないのか知りたいですし、米津さんが歌詞を書き出す時の意識が知りたい

 

 

米津さんの歌詞に関しては知りたいことが多くて、インタビューかどこかで知ることができたらいいなと願うばかりです

 

 

では、また。