「おっさんずラブ」最終回前にちょっと感想

一体、自分は何を見ているのだろうか。なぜこんなにも魂を奪われているのか。
まさか、土曜の深夜に気楽に見始めたドラマにここまで入れ込む日がくるとは思っていなかった。毎日ツイッターを検索しているが、#おっさんずラブのタグでつぶやきが止まることがない。いつ見ても大量の思いがどんどん流れていっている。はあ。
何が自分をここまで揺さぶったのか、いろいろ考えに考えてみた。言葉にしないと気持ちが収まらない。


役者の魅力、脚本の繊細さ、受け狙いのない演出など語りたいことは多々あるが、そこから生まれた春田という人物の許容量の大きさに、視聴者は心を存分に預けているのではないかと仮説を立てました。
黒澤部長の行動を、自分が春田になったつもりで考えてみましょう。私なら絶対拒否。即答で拒否。いやいやいや、10年て。妻のいる上司から10年好きでしたとか、妻とは別れるからとか一方的に言われて、こちらの気持ちは無視で話を進める人を受け入れることはできない。身の危険すら感じる。盗撮は犯罪です。パソコンに私のフォルダー作るな。弁当とかなんか入ってそうでコワいわ。


春田は、驚きながらも上記のような完全拒否はしない。部長の奥様に名前を聞かれて「『はるたん』こと春田創一です」と答える。部長が名付けたあだな「はるたん」を受け入れ自ら名乗りさえする。困りながら泣きながらだったとはいえ。
幼馴染のちずの自覚もなかった春田への恋心に対しても、茶化すことなく受け止める。
そして牧のことは言わずもがな、同性は恋愛対象ではなかったはずだが、つきあってくださいと言われて、はいと答える。しまいには別れたくないと泣く。
こんな修羅場を立て続けにくぐり抜けながら、毎日ちゃんと会社に行って働く。飯を食う。この、何をされても、何が起こっても春田はいつも春田であるところに、このドラマを見ている人々は安心して心をまかせているのだと思う。


そのように安心して何の引っかかりもなく視聴できるドラマというのが稀有なのではないだろうか。なぜ引っかかりがないかというと、恋心にまっすぐ向き合っているからだと思う。部長は「こんなおっさんの上司に好きだって言われても困るよな、冗談冗談、気にしないで」などと逃げは打たない。ちずも「好き!」と飾りなく伝えた。この恋に嘘はつかない。告白した相手とこれからも顔を合わせ続けることはわかっているのに、恥ずかしさもみじめさもないわけがないのに、この気持ちをごまかしたりしない。このストレートに投げられた球を視聴者も胸の真ん中で受け止めたのだと思う。


さて、最終回はどうなるのでしょうか。ただひたすらに楽しみに待っています。