今回は宮本くんのお話です。
宮本くんは1976年にみんなのうた「はじめての僕デス」をお歌いになってます。10才の時ですね。エレカシのファンにとっては有名エピソードです。
私は当時この歌を聞いたのを覚えています。なんで覚えているかというと、この少し前に「山口さんちのツトム君」が流行って、世間的にみんなのうたを見る機運が高まっていたんですよ。それで、私も子供心に「今度のみんなのうたはどんなのだろう」と思った自分を覚えているんです。
それと、歌い出しのフレーズ「こんど越して来た僕デス」と、最後の「よろしくたのみます」も覚えていて、たぶんですが、うちは転勤族で引っ越しが多かったので、自分にとって切実な言葉だったからだと推測されます。
とは言え、この歌を小学生当時からずっと覚えていたわけでもなく、ちびミヤジの声を好きだと思ったわけでもなく、十数年後にエレカシがデビューしてNHKでこの歌が流れて初めて「ああ、これ宮本くんだったんだ。へえ」と、自分が覚えていることを思い出しただけです。
が、この「時をまたいで再会する」という要素は、少女漫画風に膨らませられるなと思いました。
私は忘れてしまったけれど
私の三半規管は覚えているのかもしれない
だからあなたの話す声も歌声も
こんなにも愛おしいと思うのかもしれない
覚えていない私の目は
かつてあなたを映したのでしょうか
ようやくあなたに恋をする私を
求めるには遅すぎるとは言わないでください
こんな感じかな。いい感じに少女漫画っぽいですね。
で、これ、男の子モノローグでもよさげだと思います。少女漫画・少女小説の鉄則「男の子は女の子に一途」を加えます。
君は忘れてしまったけれど
僕は覚えているよ
守ろうとしてくれたこと
泣かないでと怒ってくれたこと
君の手も震えていたのに
僕をかばおうとしてくれた
君を僕は忘れない
だから歌うよ
君の胸の奥に僕のかけらが残っていないだろうか
僕の声を歌を聞いて
思い出せないのなら
僕の手をとって
そして今でも泣いている僕を笑いとばしてほしい
「悪いけど、覚えてないから」
涼子はそう言って、また机に突っ伏した。間もなく寝息が聞こえた。
ほんとに寝ちゃったんだ、と直人は驚いた。涼子は転校2日目とは思えないほど周りを気にしない。女の子が何人か声をかけたけれど、愛想よく返事をするだけで、でも言っていることは同じ。「私、どうしても眠いので寝かせてもらえない?」
なんで俺には言い方が厳しいんだ・・・と直人は軽くショックを受けたが、それがかえって興味を深めた。授業中は無理して起きている風で、授業終了と同時に突っ伏す。お昼休みもお弁当も食べないで寝ている。放課後になると即座に教室を出た。
「麻生さん、待ってよ、一緒に帰ろう」
「なんで?」
「なんで、って・・・一緒に帰りたいから」
「あの・・前に会った覚えはないって言ったよね」
「うん、それね、人違いならそれはそれでいいんだ。それとは別に麻生さんと仲良くなりたい」
はあ?と明らかに変質者を見るような目で直人を見る。
「あっ、いたいた、りょこちゃーん」
「多美ちゃん」
「今、おばちゃん、うちにいるって。夕飯うちで食べるってLINE来てた」
「わかった。ちょっと寄るとこあるから、後で行く」
「うん、じゃ、先に帰ってるね」
「待って、小林さん。なに、知り合い?」
「いとこだよ、りょこちゃんとは」
「マジ?」
「うん、小学校の4年までりょこちゃんこっちに住んでたよ」
「小学校どこ」
「霧ヶ丘。あたしも一緒だったけど」
「・・・ま、じ、か」
「じゃ、私、行くから」
涼子はスタスタと去っていった。
「あのさ、麻生さんて前からあんな風だった?」
「あんな、って?」
「ずっとひとりで、ほとんど口もきかない。緊張もしてないけど」
「どうだろ。緊張してないのはこっちが地元だからじゃないかな。知ってる子もいるし」
「俺も霧ヶ丘って知ってた?」
「ええ?ほんと?覚えてない」
「みんな俺のこと覚えてないんだね」
直人は笑ってわざとガックリうなだれた。
次の日も、その次の日も、更に1ヶ月が経とうとしても、涼子は授業以外は寝続けた。昼飯食わなくて平気なのかな、と直人はクラスメートとお弁当を食べながら思う。
「おまえ、麻生さんのこと好きなん?」
「えー、うーん、まあ」
「ふーん」
「えっ、それで終わり?もっと聞いてよ、なんで好きなのか、とかさ」
「いや、自分でしゃべり出すかなって」
「語っていい?あ、起きた」
麻生さん、待ってよ、と声をかけると、クラスの視線が集まった。涼子は意にも介さない様子で教室を出ていった。
「どこ行くの」
「トイレ。ついてこないで」
「廊下で待ってるね」
「変態」
直人は、クスクス笑って壁にもたれかかった。昼休みの喧騒が校舎を包む。おしゃべりと笑い声が重なって明るい和音を響かせる。
「お、黒木、なんしよん」
「おー、島村、彼女待ち」
「えっ、彼女できたん?いつの間に」
と色めきたったところに、涼子が出てきた。島村と目が合った。
「あれ、もしかして麻生?」
「なんで同じ高校なの」
「えっ、うちの高校にいたっけ?」
「麻生さんはこないだ転校してきたんだよ」
「えー!マジか。へえ」
島村は涼子を上から下まで眺めた。
「あたしに見とれるのやめてくれる?」
「ばっ、そんなんじゃねーよ、ほんと変わってねーな。可愛くねー」
「あんたに可愛いとか思ってもらいたくもないよ」
「あのー、島村のことは覚えてるんだね・・・」
しょんぼりと直人がつぶやくと
「あれ?小学校で、黒木もおったやろ」
「麻生さん、僕のこと、覚えてないんだって」
「なんで覚えとらんの。でも、今はつきあっとるんやろ」
「何言ってんの!?誰が、あっ、黒木くん、自分で言ったの!?」
直人は嬉しそうにうなずいた。
「ようやく名前呼んでくれたー。うれしいー」
「うるさい!!」
涼子は怒って先に行ってしまった。その日の放課後、直人は嫌がられながらも涼子についていった。涼子は根負けしたのか、途中から黙って歩いた。着いたところは公園だった。
ベンチに座っておもむろにお弁当を出して食べ始めた。
「いつも放課後食べてたんだね」
「たまご焼きあげる」
おはしで刺した一切れを直人の口に入れた。
「おいしい?」
「うん。うまい。甘い」
「ありがと。あたしが作ったの」
「えっ、言ってくれればもっとゆっくり味わったのにー」
「それ、口止めになる?」
「なんの」
「ここでお弁当食べてること。多美ちゃんにも言わないで」
「・・うん。わかった。言わないよ、心配しないで」
涼子は食べ終えると、水筒のお茶を飲んでためいきをついた。直人はじっと涼子の横顔を見ている。
「顔、変わらないね」
「ほんとに会ったことあるんだね。ごめんね」
「1回だけだから覚えてないのもしょうがないかも」
公園の砂場で、小学校低学年らしき男の子が数人遊んでいた。最初は仲良くバケツに砂をつめてひっくり返して動物のようなものを作っていたが、いつの間にか、砂をかけ合って、最初は笑い声も聞こえていたのに、ひとりの子に集中してみんなが砂をかけ始めた。小さな火がだんだんと燃え盛るように不均衡な諍いに発展していった。砂をかけられた子は途中から抵抗しなくなって、ただ立ちすくんで、泣くかな、と思った時
「あんたたち、何しよるんね!」
と涼子が走って止めに入った。
「お姉ちゃん見よったけど、なんで意地の悪いことするん?」
小学生男子たちは一瞬びっくりして固まったが、ひとりの子が
「ババアには関係ないやろ!」
と怒鳴ったのを合図に、みんな走って逃げていってしまった。砂をかけられた子をひとり残して。涼子は体の砂を払ってやりながら
「同じクラスなの?」
「うん」
「仲良しなの?」
「うん」
「仲良しとは言わないよ。あんなことする子たち」
「でも・・・」
「『このくらいはいいか』とか思わないで、嫌なことする子とは仲良くしなくていいからね。ほんとに仲良くできる子が他に必ずいるから、そういう子と遊んでね」
何も答えず、男の子は帰っていった。
涼子はベンチに戻ってまたお茶を飲もうとしたが、できなかった。
「な、泣いてるの???」
直人ははらはらと涙を流していた。
「ど、どうしたの??なに?」
「やっぱり、涼子ちゃんだ」
なんで突然、下の名前を、と思ったが、泣いている人間相手に軽口は叩けない。さすがに黙って見守った。
「僕のことも、今みたいにかばってくれたんだよ」
曰く、小学4年生の時に、公園で同級生に追いかけ回されて泣いていたところを涼子が助けてくれた。当時の直人は髪もおかっぱで女の子みたいだとからかわれることが多くて、学校を休みがちだった。涼子に会った時も、何ヶ月か休んでいて、たまたま公園で島村たちに会ったのだと言う。
「島村?」
さすがにそこは突っ込んだ。
「僕ね、小6で急に背が伸びて、島村追い越しちゃったから、それでいじめられなくなったんだよ」
「あいつ単純だもんね」
うん、と、まだ泣くので、涼子はティッシュを渡した。
「それで、涼子ちゃんが島村を蹴ってくれて、僕の方にこなくなったから、僕はとりあえず逃げた」
「えっ、ひどい。あたし置き去り?助けたのに?」
「でも心配になって戻ったら、涼子ちゃんひとりでいたから、勝ったんだなって思った」
「あー、あの、あたし、男の子とはよくそういう喧嘩してたから、有りすぎて覚えてないんだと思う」
「名前聞いたら、りょうこって答えてくれて」
「それでずっと忘れないでいてくれたんだ」
「学校も同じって言ったから、次の日からちゃんと行ったんだ。涼子ちゃんに会いたくて。また守ってもらおうと思って。でもいなかった。どこにもいなかった。結局、また学校休む日々をくり返してた」
「どのタイミングかわかんないけど、たぶん、引っ越したのね、ちょうど」
「君が戻ってきて話を聞いて、ようやく謎が解けた」
「謎って」
涼子が思わず笑うと、直人は涼子の肩をつかんで
「君を探してたんだよ、本気で本気で探して、実はあの子は元々いなかったんじゃないかって自分の記憶を疑いそうになって、でも、君のことは忘れられなかった。絶対いつか会えるって思ってた。会いたいって思ってた」
「・・・ごめんなさい、覚えてたらよかったんだけど」
「これから僕のことを知ってよ。僕を好きになってよ。僕はずっとずっと君が好きだったんだ」
涼子はじっと目を見て、黙っていた。
「なんで返事してくれないの」
「こんな風に話をしたのかな、って思って」
「うん。話したよ」
「黒木くんの顔、見てた?」
「見てたよ、僕も見てたよ、涼子ちゃんのこと」
「そう。ありがとう」
涼子は直人にハグをして、また守ってあげるのもいいんだけど、今度は私も守ってくれる?と囁いた。私、今ちょっとくたびれているの。生活環境変わっちゃったから。いつか話すね、ここにいなかった間の私の話。そして聞かせてね、あなたのこれまでの話を、私を思ってくれていた年月を。
とりあえず、おしまい。
「時をまたいで再会」は話としてはロマンチックで好きなんですよ。一番好きなのは「アンの青春」のミス・ラベンダーのエピソードです。ポールがラベンダー母さんって呼ぶのも好きなところです。
・・・ええと、あの、大丈夫ですよね。これ、創作ですからね。私が宮本様を最初の詩のように思っているわけでも、宮本様のことをこういう男の子だと思っているわけでもないですからね。宮本浩次さんという方は、こういうメソメソしたメンタルの方ではないのではないかな、と歌詞からは思います。こういう方でもそれはそれで面白いですけど。どういう方であっても大好きですけど。
女性が一人称で語ると、個人的な告白として受け止められることが多いような気がしますが、百人一首の恋歌だって題詠が多いじゃないですか。私のこのほんとにささやかな創作も、冷静に思考した末でのものに過ぎません。真に受けないでざっくりおおらかに楽しんでいただけたらと思います。
あ、でも宮本様は真に受けていいかな。うん、思う存分、真に受けてくださいませ。たぶん、この先、どれだけ世の中が変わっても、私がエレカシも宮本くんも好きなことには変わりはないと思うので、私の愛をお受けくださいましたら幸いです。
そして、6月12日のお誕生日おめでとうございます、宮本さん。よい一年になりますように。
これで今年のエレカシ誕生日シーズンは終わりましたね。
あー、恥ずかしかった!!!一生に一度くらい4人へのハピバコメントを書き残してもいいかなあ、いい思い出になるかなあ、と思ってうっかり始めてしまったのですが、恥ずかしくて定型文しか書けないというていたらく。来年以降はもう無理。絶対無理。ていうか、私のコメントとかいらないですよね、エレカシは世間にめいっぱい愛されてるから。皆さまの誕生日にツイッター検索するとエレカシ愛に溢れていて、もう読んでるだけで幸せ。私、エレカシが世の中に愛されている様を見るのが大っ好きなんです。宮本くんのインスタのコメント欄は愛の告白大会になっていて、ああ、世界は美しい・・・と本当に幸せな気持ちになります。
世界を美しくしたのはエレカシの力ですよね。ずっとずっと歌を届け続けてくれたから、ファンの愛もより広く、より深くなっていったのだと思います。
私もここでこっそりエレカシ愛を語り続けます。これまで宮本くんの歌詞についていろんなことを感じたり考えたりしてきたけれど、言語化しようとは思っていませんでした。が、ここに来てなんかすごく語りたくなってしまったので、今後もおつきあいいただけますでしょうか。
今回もお読みくださいましてありがとうございました。
よい一日をお過ごしください。