めぐり逢ひて見しやそれとも分かぬ間に。

山下彩花の一週間は明快だ。

月・水はボーイフレンドと会う日。火・木は数学と英語の塾。金は何もしない日。土はピアノ。日曜は何もしないか、真菜と遊ぶ日。

今日は金曜だが、予定通り何もせずに帰りの電車に乗った。

「真菜、今度の日曜空いてる?」

「あー、立花くんと予定入れちゃった。誕生日なの」

「そっか。じゃ、また、今度ね。おめでとって言っといてね」

「うん、また明日ね」

真菜は先に降りていった。バイバイ、またねと言いながら、彩花はいつも少しさみしい気持ちになる。真菜とは高1から同じクラスで、入学したその日から仲良くなった。教室で初めて顔を合わせた時、同時に「あっ」と声が出た。そして吸い込まれるようにお互い近づいておしゃべりを始めた。どこの中学なの?家はどこ?方向一緒だね。リップなに使ってるの?つやつやで可愛い・・・。たわいのない話をとめどもなく続けて、飽きることがなかった。高2でも同じクラスだったので手を取り合って喜んだ。真菜、真菜、私、真菜みたいにおかっぱにしようかな、と言ったら、彩花はその長い髪が大人っぽくていいんだから切らないで、と言う。真菜がそういうなら、じゃあ、長いままでいようかな。でも、真菜のあどけない感じが私はとても好きなんだ・・・。

真菜の後ろ姿が遠くなっていく。お腹のあたりにギュッと力が入る。

スマホを見るとボーイフレンドの祐也からLINEが来ていた。

「今度の日曜、会って(>_<)」

「いいよ。いつもの公園?」

「うん。4時に」

「もっと早くてもいいんじゃない」

「僕、部活あるから(‘ω’)」

「わかった」

彩花のいいところは、スケジュールを立てるけれども縛られないところだ。予定外の日曜デートに、何着て行こっかな、くらいの軽い気持ちでいた。

いつもの公園は、祐也の最寄駅のすぐそばで、商店街の入口にある。ブランコがひとつ、ジャングルジムがひとつとベンチがみっつだけの小さな公園だ。いつもここで待ち合わせして、スタバに行っておしゃべりしたり、本屋さんに行ったりする。

祐也はサッカー部なので日曜も練習が入ることが多く、部活がない月曜に会うことにしているのだが、なんで今日はわざわざ部活の後に会いたがったのかな、と彩花は引っかかった。そして、その疑念は当たっていた。

「山下さん、どういうことか説明してくれる」

公園で待っていたのは祐也だけではなく、もうひとりのボーイフレンドの佐藤くんも一緒だった。

「彩花ちゃん、びっくりしたよ。なんで佐藤くんとかけもちなんかするんだよ」

かけもち・・・?と、彩花と佐藤くんは思わず顔を見合わせた。

「あの、中田くん、ふたまた、だよね」

「どっちでもいいよ!大事なのはそこじゃないだろ!僕のことをどう思ってるの、彩花ちゃん!」

学校の違うこのふたりはどこで知り合ったんだろう、と彩花はぼんやり思ったが、今それを聞くべきではないことくらいはわきまえていた。

ああ、説明しないとダメか。今か、それ。いつか来るとは思っていたけど、今なのか。

「あたしはふたりのことが好き。それぞれ好き」

「それじゃわからない」

佐藤くんは目をそらさずに言う。そういう真面目なところが好きなんだけどな、と彩花は思う。

佐藤くんとはピアノの先生のところで出会った。ふたりで順番を待っている間に彩花の方から声をかけた。

「あの、いつも土曜に来てるの?」

「いや、木曜なんだけど、今週テストで休んだから、その振替」

「そうなんだ。リサ先生のとこ、長いの?」

「2か月前からだよ」

「えっ、2か月前?」

「始めるには遅いかなと思ったんだけど、どうしても自分で弾けるようになりたくて」

「すごーい!いいね、そういうの、あたし好き」

「あの、えっと」

「あ、山下彩花です」

「僕は佐藤諒太。山下さんはいくつからやってるの」

「5歳なんだけど、とろとろやってるからあんまり進んでないの。高校受験の時も1年休んだし」

「あー、やっぱりそれくらいから始めるものだよね」

「ねえ、いつか連弾しようよ」

「ええ?僕には無理だと思うけど」

「無理じゃないって。ね?後で先生に何の曲がいいか聞いてみよ?」

佐藤くんは努力家で、先生に選んでもらった連弾曲をずっと練習している。彩花がそろそろ合わせてみようよと言っても、まだダメだから、と実行されずにいる。

もしかして、もう連弾してくれないのかな、と彩花はのどがつまる感じがした。

「ねえ、彩花ちゃん、何とか言いなよ」

祐也とは去年、塾が一緒だった。4、5人のグループ授業だったが、若い男の先生がにこりともしなくてちょっと怖くて、みんな緊張して黙々とノートを取っていた。

「先生、これなんで文の真ん中に動詞の原形があるんですか」

祐也は唐突に質問した。

「すみません、どうしてもわからなくて。みんなはわかってるのかもしれないけど、僕、わからなくて」

「あ、あたしもわかりません。知りたいです」

彩花がそう言うと、祐也はぱーっと明るい顔になった。

先生は、怖いと思っていた先生は

「いや、そうか、ごめんね。一方的にしゃべり過ぎたね」

と、照れたような顔をしたので、みんなびっくりした。

「自分は英語が好きで、つい語っちゃって、君たちの質問を聞くべきだったね」

その日から、授業は一変して楽しくなった。

「彩花ちゃんが援護してくれたからだよ、雰囲気変わったの」

と、祐也は言った。

「そうかな。あの空気を突破したのは祐也だよ。すごいよ」

彩花は祐也の素直なところがいいなと思った。わからないことをわからないって言えるって強いよね、と思っていた。

「彩花ちゃん、聞いてるの?」

「うん。聞いてる。わかってる」

「山下さんはどういうつもりでいたの」

「あのさ、出会った人と話して仲良くなるのはダメなの?」

彩花は、口調が淡々と聞こえるように体に力を入れた。素のまま話したら感情が言葉に乗ってしまう。ここは情に訴えたくない。自分の理性と知性を総動員しなければならない。

「佐藤くんと話していいなと思った。祐也と話してもいいなと思った。どっちも素敵な男の子だと思った。もしふたりが女の子でも私はいいなと思ったと思う。ふたりが男でも女でも、私が男でも女でも、私は佐藤くんを、祐也を、好きになると思った。だから仲良くしたかった。それくらい好きだと思ってる」

彩花は深く息を吐いた。

本気で言ったよ。私は本心を言った。

「俺、正直わからない。そんな返事がかえってくるなんて、思ってもみなかった」

「そうだよね、かけもちしてごめん、とか、そんな話かと思ってたよね」

長い沈黙の後、佐藤くんはためいきをついた。

「今日は帰る」

「僕も帰るよ。彩花ちゃん、送らないからね、ごめんね」

「・・・さよなら」

彩花はふたりの背中をずっと見つめていた。

 

またね、と言ったらダメだろうな

ごめんね、あたしのこと、可愛いガールフレンドだと思ってたよね

期待してたよね、それはそうだと思う

あたしが少しずれてるんだとは思う

でも、話したら楽しかった

ふたりとも自分の世界があって

私の世界も知って欲しかった

ストレートにぶつけちゃダメだったのかな

とりあえず、普通のガールフレンドみたいにしておけばよかったのかな

残念だよ さみしいよ

私は私なりにふたりとも本気で好きだったから

ごめん ごめんね でもさみしい さみしい

とてもさみしいよ

 

日曜の夕暮れの街は人の行き来も多く、ジャングルジムで遊ぶ子供の歓声が響く。親子連れが、手をつないでいるカップルが、彩花のそばを通り過ぎていく。夏の初めのあたたかな風が頬をなでたが、彩花は手がかじかんでいた。ような気がした。

「彩花?」

耳が、最初に反応した。それから全身でその声を受け止めた。振り返ると真菜が立花くんと一緒にいた。

「真菜」

「どうしたの?」

「・・あっ、ううん、本屋に行くとこ。立花くん、お誕生日おめでとう」

「あー、ありがとう」

立花くんはうつむいて彩花と目を合わせないで恥ずかしそうに答えた。それからゆっくり視線を上げた。

「・・山下さん、どうかした?」

「やだ、なに、どうもしてないよ。じゃ、またね、明日」

彩花は先に歩き出した。真菜に、話したいな。でも、今はダメだな。今は立花くんを優先すべきだよね。せっかく会えたのに。

そう思ったとき、するりと腕にすべり込んできた。

「あーやか。一緒に帰ろ」

「・・・立花くんは・・・」

「今日はもういいの。後は彩花といる」

真菜は顔を寄せてそう言った。

彩花はほろほろと泣き出した。

「うちに行こう。ほら、電車乗るよ」

彩花は声も立てずに泣きながら歩いた。真菜と手を組んで歩く夕方の道にふたりの影が落ちる。真菜がいればいい、と彩花は思った。真菜の柔らかい体が彩花の緊張をほどいて体温を戻した。

 

 

これは性愛ではない

私がキスしたいと思うのは男の子

体を重ねてみたいのも男の子

この女の子ではない

でも離れたくない いないとさみしい

私とこの子の間には誰もいらない

ふたりだけでいい

こんな気持ち

私だけかな

 

 

真菜の部屋で、彩花は今日の出来事を話しながら、ふたりでカーペットの上に寝転んでいた。手をつないで。

「友達になりたいってダメなのかな。話すと楽しいのに」

「まあねえ、男子はそうは思わないかもねえ」

カレカノでもいいんだけど、なんでひとりとしかつきあったらダメなの」

「そこは彩花独特だよね」

「そうなのかなあ」

彩花は真菜の腕に顔をうずめるようにして

「やわらかい」

「んー」

「男の子もやわらかいといいのに」

「そだねえ」

「・・・そういえば、立花くん、よかったの。誕生日デートなのに」

「誕生日自体は明日だから大丈夫。ちょっと長めのチューしとくから万事解決」

「長め」

「うん。立花くんね、泣くんだよ、長めチューで。感極まるらしくて、それ見て私もつられて泣くの。いいよね、男の子の涙」

「ねねねね、姐さん!!」

彩花は飛び起きた。

「わわ、わたし、そこまでの境地には、まだ、あの」

「キスしないの?」

「わたし、したことないよ」

「はっ、ふたりも彼氏いて?何やってんの?」

「だから、あたし、男の子と話すのが好きなんだって」

「えっ、文字通り?」

「そう、文字通り。私の言葉に裏表はない」

「マジかー」

真菜も起き上がって、ひざをくっつけあって座った。

「彩花、元気になった?」

「うん、なった。真菜、好き」

「ふふ、何それ」

明日から月曜と水曜が空くな、と彩花は考えた。何をしようかな、何もしない日にしようかな。さみしいけど、しょうがないか。私は勝手だな。勝手に好きになってさみしがって、そういえば謝ってないな。謝ると相手に負担をかけるかなっていつも思うけど、ふたりにはごめんねって言っておけばよかったな。それでもまだ好きですとは言えないけど。しばらくはちょっとつらいな。それも勝手だけどね。

 

それから数日経った放課後、彩花と真菜が校門を出ると、佐藤くんと祐也が待っていた。

「なんの用?」

口を開いたのは真菜だった。

「君が真菜ちゃん?」

「気安く呼ぶな」

「ご、ごめん。いつも話を聞いてたから。あの、山下さんと話がしたくて」

「彩花ちゃんともう少し話してみようって思ったんだ、僕たち」

「山下さんと一緒にいて楽しかったのは本当だから、なんかこれで会わなくなるのもつまらないかなって俺たち話してたんだよ」

「・・・ありがとう」

彩花は真菜に抱きついた。えっ、そっち?と男子ふたりは期待が外れたが、彩花の泣き顔を初めて見て、こんな幼い姿が見られたからまあいいか、と思った。真菜は、ふたりはどうして知り合ったの、と聞いた。小学校が一緒で家が近所なんだよ、と祐也が答えた。なるほど彼女自慢でもしたのね、と真菜は思ったが口には出さなかった。でも、まあ、なかなか見どころはあるかな、さすが彩花が選んだだけのことはあるわね、と思ったのも黙っておいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

このお話は、「宮本くんの女子成分」と紫式部の和歌「めぐり逢ひて見しやそれとも分かぬ間に雲隠れにし夜半の月かげ」を混ぜてこねて球にして、えいっと投げました。違う言い方をすると「五十男から得たイメージを元にして女子高校生の友愛話を書きました」ということになります。

大丈夫でしょうか、デッドボールで死屍累々とかじゃないといいのですけれど。受け取めるなり打ち返すなりよけるなり、お好きになさってくださいませ。

今回は、「足さない引かない」ではなく、かなり足しました。私の胸元にある「宮本くんから受ける女子的イメージ」という小さな塊に、いろんな要素を足しまくって、空中に思い切りぱーっと広げるような感じで書きました。引こうかとも思ったのですが、宮本くんの可愛さは引けないわと思って、何も引いてません。

宮本くんは、エレカシは、足しても引いても大丈夫なんだと思ったのです。私が多少ピヨピヨ言ったところでこの方たちはもう揺るがないと思いました。それが、アルバム「Wake Up」の総括的な感想です。

紫式部の和歌は、「逢えたと思ったら、あなたはもう行ってしまったの」と、恋心かとも思えるようなニュアンスですが、女友達について歌ったものだと本で読んで、なんかものすごくわかると腑に落ちました。源氏の女性たちが個性豊かで魅力的なのは、紫式部が女性同士の友愛をとても大事にしていたからなんだろうなと思いました。

そして、こういうささやかですが創作をした後は、通常は自分の中には何も残らないのですが、今はまだ宮本くんが胸の中にいて、「ちょっと待て」と、もうひとつ思っていることがあるのです。

宮本くんの歌詞は、ひらがな一音、漢字語一つも漏らさず、すべて私の身に浸透していっている。身に取り込むことに私はなんの疑念も抱いていない。

エレカシを久しぶりに聴き倒して、無防備になっている自分に気がついて、これは何故なんだろうと考えていたのです。無防備とか油断という性質は私の性格にはほぼ無いのです。

もともと、私が嫌だと思う言葉は歌詞に出てこないな、とは思っていました。否定的なニュアンスとか、最近の言い方でいう「闇落ち」するような言葉はないと思います。

あとは、流行り言葉を使わない、助詞をずらさない、過剰な形容をしない、が特徴と言えるでしょうか。

また、歌詞における語彙数はかなり限られています。宮本ワードというのがあって、

 

月、たまに太陽と星

夏、夕方、灯りのともる街

涙、孤独、夢

かりそめ、しかばね

立ち上がる、外に出る

歩く、風、旅

一瞬と永遠 一瞬の中に永遠がある

神様に祈る

今を生きる

 

これらを繰り返し宮本くんは歌うのです。花鳥風月が基盤にあって何度も同じテーマを歌う、これは和歌の手法ですよね。古典的で普遍的で、とても日本人好み。私が宮本くんの歌詞を端正で美しいと思うのはこういうところです。古典が好きな私がすんなり受け入れるのも道理だとも思います。

が、それだけでここまで宮本くんにメロメロになるかなあ、と、まだもやもやが残ります。歌を聴いている時、私の中の「構え」が全部外されるというか、緊張がほどけ切ってしまうというか、音も声も言葉も「深く身にしむ物にぞありける」(和泉式部)という感じなんですよ。これはなんでしょう。もう少し考えてみます。

それと、私はエレカシ愛を語るつもりはなかったんです。陰ながらこっそり大好きでいればいいやと思っていました。長く好きだったら偉いってわけでもないし、今日エレカシを好きになった人の愛と私の愛は変わらないと思います。どちらも「エレカシが好き」で同じだと思う。

でも、赤羽駅が私のモードをガチッと切り替えた。私の精神をガッとつかんでエレカシの方へぶん投げた。あの発車メロディにはそういうニュアンスがあったような気がします。

 

 

今回もお読みいただきましてありがとうございます。皆様に私の心からの感謝が伝わりますように。

 

最後に、4月14日は冨永くんの、4月15日は高緑くんのお誕生日ですね。おめでとうございます。よい一年になりますように。